意思決定の遅延は、どこで生まれるのか
分析基盤の応答は速くなった。ダッシュボードは数秒で描画される。それでも「この数字を見てから、実際に何かが変わるまで」の時間は、多くの組織で数週間のままである。遅延は計算機の側にはない。
遅延の所在
意思決定を、観測・解釈・判断・実行の連なりとして見ると、分析基盤が短縮しているのは最初の一段階だけである。John Boyd が軍事の文脈で定式化した OODA ループ(Observe, Orient, Decide, Act)は、この構造を簡潔に表す。観測が速くなっても、方向づけと決定が遅ければ、一巡の時間はほとんど縮まない。
実務では、遅延の大部分は次の場所に滞留している。
- 数字の妥当性を誰が保証するかが決まっていない
- 決定権者が複数おり、合意の日程調整に時間がかかる
- 決定を実行に移す担当が別の仕掛りを抱えている
リトルの法則が述べること
John Little が1961年に証明した関係式は、待ち行列における平均滞留時間が、平均仕掛り数を平均処理率で割った値に等しいというものである。この関係は、到着や処理の分布についてほとんど仮定を置かない。
意思決定に当てはめれば、同時に走らせている案件数を減らすか、決定の処理率を上げるかしなければ、一件あたりの待ち時間は縮まない。分析を速くすることは、処理率のうちの一工程を速くしているにすぎず、律速工程が別にあれば全体の滞留時間は変わらない。
この含意は直感に反する。案件を増やせば成果が増えるように見えるが、リトルの法則によれば、増やした分だけ各案件の滞留時間が伸びる。
人間側の時間尺度
Robert B. Miller が1968年に整理した応答時間の閾値は、いまも参照される。おおよそ0.1秒までは操作が瞬時に感じられ、1秒までは思考の流れが途切れず、10秒を超えると注意が対象から離れる。
この尺度は対話的なツールの設計に効く。分析クエリの応答が10秒を超えると、利用者は結果を待つあいだに別のことを考え始め、当初の問いを失う。探索的な分析では、応答時間が短いことが、問いの数そのものを増やす。
もっとも、この効果は個人の作業レベルに限られる。組織の決定は、そもそも人間の作業記憶が保持できる時間尺度で行われていない。
反論:速ければよいのか
Daniel Kahneman が『Thinking, Fast and Slow』(2011)で整理した二つの思考様式のうち、速い判断は経験則に依存し、体系的な偏りを持つ。遅延を削ることは、熟慮の時間を削ることでもある。
ここで有用な区別は、決定の可逆性である。取り消しに費用がかからない決定は、速く行い、誤りは修正すればよい。取り消せない決定は、遅くても検討に時間を割く価値がある。組織の遅延問題は、しばしば可逆な決定にまで不可逆な決定と同じ手続きを適用していることに起因する。
したがって、削るべきは「決定に要する時間」一般ではなく、「可逆な決定に不必要に費やされている時間」である。
測ることの難しさ
意思決定の遅延を測るには、決定の開始時点と終了時点を定義しなければならない。開始はいつか。問題が観測された時か、議題に載った時か。この定義が組織内で揺れているあいだは、遅延は測定対象にならない。
配送性能の指標が定着したのは、デプロイという明確な事象を終点に置けたからである。意思決定にはそれに相当する事象がない。だからこそ、代理として「数字が出てから最初の実行が始まるまで」を測る組織が現れている。粗い代理だが、測らないよりは輪郭が見える。
そして、その数字が信用されていなければ、そもそも実行は始まらない。上流の品質は、遅延の議論においても前提条件として現れる。
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